ハッピーチョイスは障害を持っている方の活躍を応援します

代表者メッセージ

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ごあいさつ

こんにちは、一般社団法人ハッピーチョイスの白根邦子と申します。

ハッピーチョイスは2013年7月に誕生した新しい法人です。

ハッピーチョイスの理念は「活躍と幸せ」。

障害を持っている方の「働きたい、社会で活躍したい、自分の障害特性を生かしたい」という思いを一緒に実現していきます。

一般社団法人happy choice(ハッピーチョイス) 代表理事 白根邦子

経歴

日本福祉大学経営学部医療・福祉マネジメント学科卒業。

社会福祉法人滝乃川学園、社会福祉法人あだちの里、社会福祉法人原町成年寮へ勤務。

障害者入所施設、就労継続B型、グループホーム、就労支援等、多岐にわたり20年以上障害者支援をおこなう。

役職

社会福祉法人原町成年寮 評議員

非営利組織一新塾 運営スタッフ

ハッピーチョイス設立への思い

『すべての人間の価値がお互いに認められる社会へ~障害者の施設製品を社会へ~』

<施設に通っている障害者は「できない」障害者なのか?>

団体を立ち上げる前、障害が重く、企業では働くことが難しい方々の作業、そして生活面、医療面のケアを行うサポートする立場として障害者施設で勤務していました。

そこで出会ったある利用者さん(施設に通っている障害者)の母親が言いました。

「障害者の中でも、企業で働ける人は『できる障害者』、施設にいる人は『できない障害者』と思われていますよね。うちの子はできない障害者でしょうか?」

自分の子どもが外で働けないことを嘆き、施設に通うことは生産性のない「できない障害者」と社会から見られてしまうと思っていたのです。

「決してそんなことはない!」そう強く母親に言いました。なぜなら過去、私は彼らの存在に救われたことがあるからです。

<生きづらい社会>

現代は、生産性、効率性重視の社会です。その中で障害を持つ人は社会の中で生産性がなく、「かわいそうな人、守らなくてはいけない人、できない人…」と認識されています。

それは障害者ではなく、社会のレールから外れてしまった人たちにとっても生きづらい社会となっています。

<引きこもりの私を外に出してくれたのは、障害を持っている方々でした>

高校3年生の時、私は真面目に勉学に励むことに疲れ、不登校、引きこもりになってしまった過去があります。

大学受験を控え「学校に行かなければ」と思えば思うほど家から出られなくなりました。

そんな私を見かねた母がこう言いました。「ちょっとは外に出なさい。近くにある障害者施設でボランティアを募集していたよ?」そこは重度の障害者施設でした。

ボランティアをする中で、「ここにいる障害者の存在価値は?社会での役割は?」私は疑問に思いました。

しかし、障害を持っている人たちが「引きこもり」の私を外に出してくれたということに気が付き、ハッとしました。

障害を持っている人に何かをやってあげようと思っていたのに逆に私が「救われて」いたのです。

不登校になり、社会のレールを外れて絶望の淵にいた私を救ってくれた人たちを、心の底から「社会での役割」を持っている人たちだと思ったのです。

そして私は、障害者福祉を学び施設で働き始めました。

<社会で障害者がもっと活躍することができたら…>

社会で障害者がもっと活躍することができたら…明確な方法がわからずモヤモヤした気持ちで「社会企業、政治政策を学ぶ一新塾」へ入塾しました。

漠然とやりたいこと、解決したい社会の課題を話すと、それに賛同して「一緒にやろう!」と言ってくれた4人のメンバーとの出会いがありました。そしてこのメンバーと共に、自分が本当にやりたいこと、やるべきこと、自分しかできないことを、掘り下げ志を確信していきました。

そして、「しあわせ」は自分で「選ぶ」との思いを込めて、一般社団法人happy choiceを設立しました。

<障害者Aさんとの出会い>

施設で勤務していた時の忘れられないことがもう一つあります。

Aさんは、町工場で働いていましたが、動作が遅い彼は「遅い、できない、使えない」と工場長にいつも罵声を飛ばされ働いていました。

私も含めAさんを支援している職員は、雇用してもらっているのだから罵声を飛ばされても仕方がない、と工場長に頭をさげていました。

しかし私は心の中で「彼が能力を発揮できる仕事は必ずある。Aさんや他の障害者が罵声を浴びながらやる仕事から脱却させなければいけない」そのような思いを心に秘め悔しさの中、頭をさげることしかできませんでした。

間もなくAさんは工場をクビになりました。

障害者が障害特性を生かし社会で活躍し必要とされる働き方って何だろう?今の社会で働くことができない障害者が、社会で活躍する方法は何だろう?

工場で「できない」と言われていたAさんは、他の施設へ入り農業の仕事をおこないました。暑い時も寒い時もせっせと畑に出て土を耕します。そのため良い土には作物がたくさん実ります。

そうしてAさんは「できる」農業生産者となったのです。

<「僕たちの作った米や野菜がもっと売れればいいのにな~」>

ある時Aさんが言った言葉でした。彼の言うとおり、私は、彼らが作っている良い物をもっと多くの人に手に取ってほしいと思っています。それは「障害を持った人が作った」という同情混じりの気持ちで買うのではなく「良いもの」だから買ってほしいと思っているのです。

しかし、それが良いものとはなかなか知られずじまいなのが残念で仕方ありません。だから、「誰が見ても本当に良いと思ってもらえるもの」を作りたい。そう思いました。

<2015年私たちは多くの手間がかかる無農薬酒米で、最高の日本酒造りに挑戦しようと決意>

障害を持っていても最高の生産者になれる。それを証明するために、自ら作った最高級の素材で最高の日本酒を造る!

それもただの日本酒ではなく、障害を抱えた人たちと共に作る最高の日本酒です。

千葉県大網白里市にある、障害者施設ジョブファームと共に無農薬酒米栽培を行いました。その酒米で日本酒を造ってくれる酒造を探して探してやっと巡り合った千葉県大原にある木戸泉酒造。「うまい日本酒を造りましょう」と団結し、最高の無農薬、無化学肥料酒米で日本酒造りを始めました。

2016年「障害を持っていても最高の生産者となり、活躍できる社会」が実現できることを証明すべく、720ml 2000本の「自然派日本酒」を造り上げ販売しました。

当初、障害者就労移行施設NPO法人ジョブファーム代表の高橋さんは、私の話に真剣に耳を傾けてくれました。彼は「施設でつくる良い無農薬米で、良い日本酒が造れる。上質の酒米を作り上質の日本酒を一緒につくりましょう」と言ってくれたのです。

日本酒の材料となる酒米は、上質な酒ができる「五百万石」と呼ばれる品種です。

千葉県で、それも無農薬で五百万石酒米の品種を作ることは実はかなり難しいのではないかと思っていました。というのも、五百万石は本来「北陸地方」にできる品種です。しかしジョブファームの人たちは、無農薬で五百万石酒米を作り「最高の生産者を目指したい」と挑戦してくれました。

4月、種モミは農薬を使わずお湯で殺菌します。

7、8月の暑い時期は雑草との戦いです。

そして8月下旬、いよいよ稲刈り。収穫量900kg目標でしたが、なんと1100kg収穫できました。そして米の良し悪しを決める等級検査では最高の「特等」だったのです!

皆は手をたたいて喜びました。

<できあがった日本酒は「幸SACHI」と名付けます>

飲んだ全ての人が幸せになれるよう「幸SACHI」と名付けました。ラベルの素材は、東京都世田谷区で藍染を本格的に行っている障害者施設「藍工房」の藍染を使います。日本酒ラベルから日本伝統文化を発信していきます。

2016年2月、自然派日本酒「幸SACHI」販売されて多くの人が手に取ってくれました。

「障害者がつくったから」ではなく「美味しいから」お客様は買うのです。

その美味しい物をつくった生産者は障害を持った人たちなのです。

そして施設で働く障害者が活躍する社会へなっていきます。

<更なる挑戦、「手打ちそばと日本酒の店」>

2017年、障害者の雇用の場として、障害を持った人がそば打ち職人として働く店の開業を目指しています。

「すべての人間の価値がお互いに認められる社会」の実現に向けハッピーチョイスは皆さんと一緒に走り続けます。

お気軽にお問い合わせください TEL 047-369-0814(携帯)090-5531-9009 受付時間9:00-18:00

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